【80歳から急変】ほとんどの高齢者が長生きできない“6つの理由”とは?知らなきゃ損する老後の落とし穴!【健康・長生き・シニア・シニアライフ・老後・老後の生活・老後問題・老後対策・老化・長寿】
皆さんこんばんは。今夜は私が75歳を 迎えた日のことから話そうと思います。朝 の光が正事越にぼんやりと差し込んでい ました。静かな日曜の朝。特別なことは何 もないはずだったのにその日は妙に胸が ざわざわしていました。台所のカレンダー に張った赤い丸。それは私が75歳になる 誕生日でした。おめでとうございます。 記事ですねと昨日病院で看護師さんが にやかに声をかけてくれたけど正直な ところあまり嬉しくはありませんでした。 記住喜ぶどころか私は少し怖かったのです 。今まではおいえは誰かトークの知らない 人の話のように感じていました。でも今朝 鏡に映った自分の顔を見た時ああもうお じいさんなんだと実感しました。は少し 痩せの下のたるみも年林のように深くなっ ていました。朝の洗中昔のように ピシャピシャと水をかけることもせず そっとで顔を包むようになった自分に 気づきました。この年になると毎日が ちょっとした違和感との付き合いです。 少し歩くだけで膝が痛む。夜中に何度も目 が覚める。名前をど忘れする。誰かが最近 堂と聞くたび、なんとか元気だよと答える けど本当はなんとかしてるのが現実です。 75歳から急に変わるという話はよく聞い ていました。でも自分にその急変が訪れる なんて考えてもいなかった。昨日まででき たことが今日できなくなる。その微妙なさ がじわじわと恐怖として迫ってきます。 最近夕方になると理由もなく涙が出ること があります。テレビのニュースで誰かの 不法を見た時、自分の名前がそこに並ぶ日 も遠くない気がして、ふと冷たい風が背中 を通るんです。そんな時は決まって台所の 窓を少し開けて空を見上げます。夕暮れの 空にカラスが3飛んでいてそれを見ながら まだ終わってないと自分に言い聞かせます 。ただやっぱり正直な気持ちを言うといつ どうなるか分からない怖さは常に心の片隅 にあります。長きしたいとは思うけれど、 この先の生活が苦しいものならと考える こともあります。これが75歳のリアル です。もちろん日々に小さな幸せがない わけではありません。朝炊きたてのご飯の 匂いがふわって広がる瞬間、指抜けに たまたま吐いていた孫からの手紙、玄関先 の八上がひっそりと鼻を咲かせていたこと 。そういう小さなほっとする瞬間だけが今 の私を支えている気がします。だけどそれ と同時にこのまま静かに終わっていくのか なという予感も否めません。75歳の 誕生日。娘は仕事で来られず、息子は ラインでスタンプを送ってきただけ。昔は 家族でケーキを囲んで祝ってくれたのに、 今は私1人茶碗ムシと味噌汁を並べて静か にいただきますと手を合わせる。これが 現実の労ですね。ただ1つ思ったのは恐れ たばかりじゃもったいないということです 。時間は残酷だけどまだある。うちは大事 に使いたい。無理に若えろうとは思いませ ん。でもおいを受け入れながら楽しく 暮らす方法はきっとあるはずだと思いたい 。今日はそんな私の75歳の始まりを少し だけお話ししました。 15歳を過ぎてからというもの。体の変化 がますます露骨になってきた。誰かに最近 どうと聞かえても口をついて出るのは元気 だよて言葉ばかり。でも本当のところは誰 にも言えない不安や違和感のオンパレード なんだ。例えばトイレの回数。夜中に何度 も目が覚めてトイレに行く。これが日常に なって久しい。彼のせいですよと一緒は 簡単に言うけど、そんな言葉で納得で切る ほどこちらは割りきれない。朝起きても すっきりしないし、日中も何かとぼーっと としている。新聞を読んでいても3行目を 読んだ頃には1行目の内容を忘れてるんだ 。昔はテレビのクイズ番組を見てそんなの 簡単だろって言ってたのに今は問題の意味 すらよくわからなくなる。そんな自分が 悔しくてふとした瞬間に涙がこぼれそうに なる。でもそれを誰かに話すときっと そんなの不通よと軽く流される。だから 余計に言えなくなる。弱さを見せるのが年 を取るとこんなに難しいなんて若い頃は 思っても見なかった。ある日のこと近所の スーパーで買い物をしていて重たい牛乳 パックを取ろうとしたら腕がプルプル震え てしまった。それだけならまだしも棚の横 にいた若い店員さんがさっと手を差し伸べ てくれたんだ。お手伝いしましょうかと ありがたい言葉でもその瞬間ああ自分は もう助けてもらう側の人間なんだなって 実感してしまった。その晩はずっとその 言葉が頭の中でウィフレインしてた。最近 は足腰しも弱くなってきた。家の前の段差 すら慎重にならないとつまづきそうになる 。そういえばこな間だ散歩の途中で転んで しまった。幸い怪我はなかったけど 立ち上がるのに5分異上かかった。前を 通りかかった中学生の男の子が私を 起こそうとしてくれだ時、情けなやら ありがたいやらで涙が出そうだった。あの 時の彼の一言大丈夫ですか?おじいちゃん が胸に刺さった。おじいちゃんなんて自分 ではまだ思っていなかった。でもそうだよ な。外から見たら私はもう完全に高齢者な んだ。年を取るというのは自分を 受け入れるプロセスなのかもしれない。で もそれは簡単じゃない。若い頃の自分と今 の自分そのギャップが時に苦しくてたまら なくなる。昔は自転車で遠くの温泉まで 行って帰りに商店街でコロッケを買って 帰るのが日家だった。今じゃ自転車に乗る ことすら怖くてできない。友人の1人正尾 さんが先日入院したという話を聞いた。 少し前までは元気に畑仕事をしていたのに 今は歩くこともままならないと言う。それ を聞いて他人ごとじゃないと感じた。いつ 自分の身にも同じことが起きるか分から ない。その日が今日かもしれない。明日か もしれない。その恐怖が毎朝の目覚めに 静かに忍び寄る。長気はしたいけど、こう いうのが続くなら、そう思ってしまう自分 がいるのも事実なんだ。でもやっぱり生き ていたい。まだ見たい景色もあるし、聞き たい音楽もあるし、食べたいものもある。 最近は近くの和田シ屋で買う大福が小さな 楽しみになっている。あれを食べるとなん だか少し元気が出る。私はそんな小さな 嬉しさをできるだけたくさみつけたいと 思っている。それが年を取るということの 本当の意味なんじゃないかって不便や不安 と共に生きながらそれでも毎日に小さなな 光を見い出すそんな日々をこれからも続け ていけたらきっと悪くない さ。目が覚めた時に家の中があまりにも 静かすぎてふと本当に生きているのかと 自分に問いかけたくなる瞬間がある。の 病心の音だけがかかに耳に届く。カーテン の隙間から差し込む日の光が畳の上に細い 線を描いていてまるで自分の存在を 問いたすかのようだ。誰かが1人暮らしは 自由で気楽でいいねと言っていたが、 そんなものは幻想に過ぎない。本当に自由 ならどうしてこんなにも声が恋しくなるの か。ラジオをつけてニュースキャスターの 淡々とした声に安心してしまうのは私が誰 かの声に植えているからだ。私は妻に 先立たれてもう7年になる。最初の数ヶ月 はあまり実感が湧かなかった。今日は遅く 帰ってくるのかななんて思わず独り言を 呟いてしまうこともあった。でも半年が 過ぎた頃から現実が心に閉みてきた。食卓 に座っても迎えに誰もいない。テレビを見 ながら笑っても誰かと笑いを共有すること ができない。笑いが空気に溶けていくだけ 。夕方になると近所の小学生たちの帰宅の 声が聞こえる。ああ、今日は木曜日かって 子供たちのランドセルの色や声の調子で 曜日を感じ取っている自分に驚く。自分の 生活にはもう曜日感覚なんてほとんど必要 ないのにそれでも人の暮らしの気配が私の 時間をぎい止めてくれている。たまに娘が 電話をかけてくる。お父さん元気にしてる と優しい声で言ってくれる。私は元気だよ 。ちゃんとご飯も食べてると答えるが、心 のどこかではもっと話したいという気持ち がぐっと喉元で止まってしまう。彼女には 彼女の生活がある。孫たちももう中学生で 部活や塾で忙しい。週に1度近所の スーパー戦頭に行くのがさやかな楽しみだ 。あの中に身を沈めると体だけじゃなく心 の淀みも少し流れていく気がする。露天 風呂で知らないおじさんと天気の話をする 時間が最近では1番人間らしい会話かも しれない。ただ帰り道の夜道は少し怖い。 街当の下を歩きながら自分の足音だけが カツンカツンと響く。くと後ろを振り返る と誰もいない。でもなぜかその誰もいない ということがこんなにも心細い部屋に戻る とまたあのしさが戻ってくる。冷蔵庫の モーターオン。壁と軽の張りたまに外を 走るバイクの音それ以外何もない。私は そんな中で毎日印刷のノートに日記を変え ている。誰に見せるわけでもないが今日の 天気や食べ物のちょっとした出来事を 書き止めている。この日記長が私の話相手 だ。孤独というものは誰かがいないこと 以上に誰かに見てもらえないという感覚な んだと思う。今の私の暮らしはまさにそれ でもそれでもいい。自分がここにいたと いう証を少しでも残せたら最近近所の公園 で顔馴染みのばあさんに会うことがある。 名前も知らないけれど、互いにこんにちは と挨拶するだけで心が少し明るくなる人 って本当に少しのことで救われるものだ。 このしけさの中で私は今日も生きている。 時々寂しさに胸を締めつけられながらも 小さな繋がりを探している。それが私の 毎日だ。 昔は食卓に座ると当たり前のように2人分 の橋を並べていた。味噌汁の湯気が 立ちのり、焼き魚の香をしい匂いに今日も 1日お疲れ様と言葉が添えられていた。で も今はその週慣がすっぽり抜け落ちて しまった。1人分の食事は想像以上に時に は味すら感じない。お昼ご飯を食べるのが 遅くなっても誰にとめられることもない。 冷蔵庫にあるもので適当に済ませる日も 多い。昨日の残りやベ糖うどんをチして 食べるだけ。それでもまあこんなもんで いいかと思ってしまう。1番困るのは 食べる気が起きない時。お腹は会えている のに何を作るか考えるのも面倒で結局 カップラーメンで済ませる。ただこういう 食生活が続くと確実に体がしんどくなる。 指の関節が怖ばったり足元がふらついたり する。栄養が足りていない証拠だと自分で も分かっているのに。この前市の保険士 さんが定期訪問に来てくれて食事は ちゃんと3色バランスよく取ってください ねと言ってくれた。笑顔で頷きながらも心 の中では家は優しだよなと苦笑い買い物に 行くのもになってきたし野菜は高いし 何より作っても食べるのは自分だけどうし ても木が緩んでしまう。でもある日 スーパーで偶然あった昔のご近所さんから 最近や釣れたんじゃないと言われて ちょっとだけ焦った。自分では気づかない うちに顔色や姿勢に出ていたのかもしれ ない。その日からほんの少しだけ工夫をし てみることにした。朝は左右をいっぱい 飲んでからバナナとヨーグルト。昼は インスタントではなくご飯を耐えて納豆を 添える。夜は少しだけ手をかけて味噌汁に コをたっぷり入れて煮込む。誰かに褒めて もらうわけでもないが自分で作ったご飯を 食べると少しだけ心が落ち着く。そういえ ば妻が生前よく言っていた。食べることは 生きることよてあの頃は聞き流していた けど今になってその言葉の意味がしみる。 食事はただ空腹を満たすだけじゃない。誰 かとの会話、日々のリズム、自分を大切に するという行為そのものだったのだと今 なら分かる。先週思い切って料理教室の 見学に行ってみた。高齢者向けの簡単 レシピを教えてくれる会で同年代の方が数 人参加していた。最初は緊張したけれど これ美味しいねと言い合いながら作った 煮物は家で1人で食べるものとは比べもの にならないくらい美味しかった。教室の後 におばあさんたちと一緒にお茶を飲み ながら話す時間が思いがけない楽しみに なった。うちの孫がね、この前病院でさと みんな少しずつ自分の暮らしを話す。私は 愛槌を打ちながらああ、自分だけじゃない んだとなんだか救われた気持ちになった。 食事は味だけでなく誰と食べるかでも 変わるもの。1人の食卓でも気持ちを込め た料理を食べることで自分の心が少し元気 になる。最近ではテレビをけっぱなしにせ ず静かな音楽をかけてゆっくり咀嚼し ながら食べるようにしている。すると 不思議なことに素材の味や香りにも敏感に なるのだ。小さなことだけどそんな習慣が また今日も生きる力につがっている。次は 何を作ろうか。そう思えるだけで未来が ほんの少し明るく見えるから不思議だ。 1人になってから夜の時間がとても長く 感じるようになった。時計の針がゆっくり と動く音がまるで時間が止まったかのよう に思わせる。誰かと一緒にいる時はあっと いう間に過ぎていた時間が今はまるで砂の 中の砂粒のように1粒ずつゆっくりと落ち ていく。何をしてもどこか物足りない。 テレビをつけても誰かの笑い声が遠く感じ てしまう。寝る前にストレッチをしたり本 を読んだり時にはスマホで昔のアルバムを 見返したりするけれど気づけばためが出て いる。この孤独感都市を重ねるごとに少し ずつこくなっていく気がする。友人も だんだん連絡をくれなくなった。もちろん みんなそれぞれの生活があるし責める つもりはないけれどやっぱり寂しいもんだ 。1度だけ夜中に布団の中で泣いたことが ある。なんてことのない日だったのに急に 胸が詰まるような感覚になって涙が止まら なかった。自分はこのまま誰にも見取りず に終わっていくのだろうかと。その時妻の 声が太頭に浮かんだ気がした。夜は心は声 を大きくするのよ。て。そうか。夜は静か だから自分の心の声がよく聞こえてしまう のかもしれない。それ以来夜になると少し だけ自分に優しくすることを覚えた。 例えば好きな音楽を小さな音でかけて 温かいお茶を飲みながら今日1日お静かに 振り返る。無理に元気になろうとしなくて もいい。ただ今日も無事に負えたと認める だけで気持ちがすっと落ち着く。ある日 ラジオから流れてきた言葉が胸に刺さった 孤独は誰にも会えないことじゃない。誰に も話せないことです。思わず手を止めて その言葉を何度も頭の中で繰り返した。 そうだ。自分は話せる相手がいないことが 寂しいのだと気づいた。だから思い切って 地域のおしり会に参加してみた。週に1度 公民館で開かれる60歳以上限定のお茶会 のような場だった。最初はぎこちなかった けれど話上手なをじいさんが冗談を交えて ばを和ませてくれて常に笑顔になれた。 うちの猫がさ、最近冷蔵庫の上で昼寝 ばっかりしてなんてたいもない話でも 不思議と心は軽くなる。そして驚いたのは 自分と同じような悩みを抱えている人が 多かったこと。夜が怖くて眠れないと ぽつりと話したら私もよとすぐ帰ってきた 。その一言がどれだけ心強かったか。誰か に理解されることはこんなにも救われる ものなんだと実感した。それからという もの、夜の時間が少しずつ変わってきた。 自分のことをほんの少しだけ見直すように なった。日中に話したことを思い出しては くすっと笑って眠りにつく。明日もまた 会えるかな。そんな小さな期待が心を 温める。夜が長いのは変わらないけれど その長さに意味を見い出せるようになった 。それは自分がまだ誰かと繋がっている 証拠。そして心の中に誰かの声がある限り 完全な孤独ではないのかもしれない。眠る 前に小さくつく。今日もありがとう。誰に 向けた言葉かは分からないけれど、その 一言が自分を少しだけ強くしてくれる。 あの番からだ。おしり会に通い出してから 少しずつ心が変わっていった。ただ孤独を 埋めるためだけではない。もっと深い誰か と関わりたいという思いが芽えていた。 ある日、公民館の帰り道でふとした きっかけで迎えの席にいた白髪の女性中山 さんと連絡先を交換した。今度一緒におぎ 作りませんかというなんとも穏やかで 懐かしい誘いに私は即頭でジェひと答えた 。次の週山さんの家の台所に並んで立って いる自分に少し驚いた。私は料理が得意と いうわけでもなかったが、手を動かすうち に昔妻と台所に立っていた頃を思い出した 。手のひで丸めるアこの感触、ふんわりと 広がる持ち前の香り、そして目が合う度に こぼれる笑い声。中山さんは戦争で兄を なくし、夫には先たれ、今は1人で暮らし ているという。寂しいわよ。でもね、誰か のために何かできるとそれだけで生きて るって感じるの。その言葉がまっすぐ心に 届いた。帰り木は中山さんはラップに包ま れた小さなお萩ぎを私に手渡してくれた。 これはあのおしり会のみんなにも分けて あげてね。なるほど。誰かのために誰かの 喜ぶ顔を想像しながら作ることがこんなに も心を温めてくれるのか。私はその日から 次に会う人の笑顔を想像しながら暮らす ようになった。例えばゴミ出しの朝同じ マンションの1階に住む小学生、ゆ太君が おはようございますと大きな声で挨拶して くれた。それだけでなんだかその日は 頑張れる。次の日は家にあった古い折り紙 の本と開封のセットを袋に入れてこれもし よかったら使ってとそっと渡した。ゆう太 君の母親がありがとうございます。最近 からもゲームばっかりでと少し笑いながら 言った。その笑顔を見た瞬間、胸の奥が じわっと熱くなった。人の役に立つって こういうことかもしれない。何か大きな ことを成し遂止めなくても誰かの小さな 日常に沿っ鼻を添えるような存在になれ たらそれで十分だ。ある日おしり替えで 参加者が自 ボランティアを始めようという話が出た。 もちろん私も手を上げた。最初は週に1回 駅前のゴミ拾いから。やってみると意外に も近所の若者たちが声をかけてくれるよう になった。おじいちゃんたちすごいっすね 。いや、おじいちゃんなんて呼ばれると まだ少しむっとするけれど心の中では ちょっと誇らしい。帰宅してからベランダ で夕やを眺めながらお家をすっていた時 ふと思った。もし妻がここにいたらなんて 言うだろう。あなたちゃんと誰かのために 生きてるのねんてきっと微法園でくれる だろうな。そう思うと空の色は夜けに 優しく見えた。そして気づいた人は誰かの ために生きようとすることで自分の存在 価値を確かめているのかもしれない。それ がどれほど小さな行動であっても自分の心 を救う力になる。だから私はこれからも できることを1つずつ無理せずでも しっかりとやっていこうと思う。夜になり 窓の外で鈴虫の音が響いている。静かな 部屋にあの優しい声がまた聞こえた気が する。今日もお疲れ様。ありがとう。今日 も誰かと繋がれた。それだけで十分だ。 その手紙が届えたのは10月の終わり。 少し早めの小辛しが吹いた日のことだった 。ポストを開けると見覚えのある丸い文字 であが書かれていた。差田市人は川村麻。 妻の救世だったけれどすぐに気づいた。 これは妻の目一。つまり私にとっても目の ような存在だった川村朝子からの手紙だ。 彼女は結婚して関西に住んでいる。数年前 に1度放事であったりだった。中には弁線 3枚に丁寧に書かれた手紙と1枚の写真が 同風されていた。開いた瞬間思わず声が 漏れた。ああ。映っていたのは30年ほど 前に撮った家族写真。私と妻。そして幼い 朝子ちゃん。背景には古い縁画は私の実家 で撮った写真だった。手紙にはこう書かれ ていた。おじさん元気ですか?最近実家の 片付けをしていたらこの写真が出てきまし た。見た瞬間涙が出てしまっておばさんの 優しい声も温かい笑顔も全部蘇頃 夏になるとおじさんたちの家に泊まりに 行くのが何より楽しみでしたか先行の匂い かき氷りの味になると聞こえるラジオから の野球中継。何気ない日常だったのに今で は宝物のような思い出です。おじさん、 あの頃みたいに笑っていますか?今度時間 ができたら会いに行ってもいいですか? 思わず弁線を胸に抱きしめてしまった。 ああ、誰かにとって私はちゃんと思い出の 中の人なんだ。あの夏の日々はただ 過ぎ去った時間じゃなくて誰かの心に ちゃんと残っていたんだ。その晩机に 向かって手紙の返事を書いた。フルエルテ で丁寧に文字を綴るなんて久しぶりのこと だった。こちらは元気です。最近はおしり 会に参加したり地域の掃除に出たりとそれ なりに充実した日々病を送っています。 あなたからの手紙とても嬉しかった。あの 頃の思い出は私にとっても大切な宝物です 。また会えるのを楽しみにしています。風 など引かぬようお体に気をつけてポストに 手紙を投感しながら心の中にポッと小さな 明りが灯ったような気がした。人と過ごし た時間は姿形がなくなってもこうして人の 心に残るんだなと。それにしても 思い出れって不思議なもので写真1枚で こんなにも鮮やかに蘇えるとは。次の週私 はその写真を額体に入れて部屋の壁に飾っ た。朝起きた時、夜島に入る時、太めを やるとそこにいる妻の笑顔が見える。 そして小さな朝こちゃんの笑顔もあの写真 は過去と今をつぐ橋のように静かに私の 生活の中に溶け込んだ。それ以来手紙を 書くことが増えた。おしり会のメンバーに もちょっとした季節の頼りを変えて渡す ようになった。大将は驚かれたが、こう いうのもらうとほっとしますねと言って みんなが嬉しそうに笑ってくれる。そう いえば昔妻もよく手紙を書いていた。親戚 や友人に季節の挨拶を欠かさず送っていた 。私はそれを昭和の習慣だななんて着して いたものだが、今になってその意味がよく わかる。手紙は私はあなたを思っています よというさやかだけれど確かな証。誰かを 思い出しながら言葉を綴る時間はまるで その人と心で会話しているようで、なんと も不思議に穏やかだ。電話やメールでは 味わえない時間の流れ方がある。それから しばらくして朝子さんから再び手紙が届い た。今度は来月子供を連れて東京に行くの で是非会いたいとのことだった。私は ベランダの八上を整え玄関を少し片付けて 小さなカ瓶に鼻を飾ることにした。よう こその気持ちを込めて私は何度も絡みを見 て髪を整えた。まるで初デート前の若者の ようにそワそわしていた自分がおかしかっ た。だけどその日はやってきた。朝子さん が小さな女の子を連れて駅の改札から手を 振ってくれたあの瞬間私は心の底から思っ たのだ。生きていてよかったと。 朝子さんとその娘ちゃんが遊びに来たのは 初頭の冷たい空気が超を包み込む頃だった 。私が駅まで迎えに行くと2人は手をつい でこちらに歩いてきた。朝子さんは若い頃 のおかげを残しながらも母親の顔になって いた。七ちゃんはまだ保育園に通っている くらいの年齢で恥ずかしそうに私の顔を 見上げた。こんにちはおじさん。うん。 よう来たね。遠かったろう。新幹線早かっ たよと七美ちゃんが元気よく答えてくれた 。ああ、この瞬間のために今日まで生きて きたのかもしれない。そんな風に思った。 自宅に戻る道すら通りの一応波きが 小がねるに輝いていた。風が吹く度に派が 前落ちちゃんは楽しそうに拾っては ポケットにしまう。秋の宝物だよと言って 笑った顔が幼い頃の朝子さんにそっくり だった。家に着くと少し冷えた部屋に ストーブをつけて温かいお茶を出した。 朝子さんは私の手料理が食べたいと言って くれたので簡単なものだが前にとを味噌汁 それに炊きたてのご飯を用意した。これ 小さい頃食べた味です。懐かしいな。本当 に変わってないね。そう言いながら2人 とも何度もお変わりしてくれた。遅れた。 これ長息の間内だよと真剣な顔で言う。私 は笑って、それは頼もしいな。これがあれ ば100歳まで行けそうやと返すと、 じゃあまた来た時も元気でいてねと小さな 手でぎっと握ってくれた。見送りの時、駅 のホームで手を振る七みちゃんの笑顔が まるで朝日みたいに眩しかった。電車が 動き出して2人の姿がだんだん遠ざかって いくと私は心の中でそっと呟いた。 ありがとう。本当にありがとうな。帰り道 胸ポケットの中で折り紙のつがと音を立て た。その感触が何とも言えず温かくて私は 1人でふふふっと笑った。ああ、私はまだ ちゃんと人と繋がっているんだ。そして これからも生きていく理由があるんだと心 の底から思えた。あの日の笑顔とあの日の 言葉。それは過去の思い出ではなく今を 生きる私の力そのものだった。 七みちゃんが置いていったつを私は初斎の 棚のガラスケースに飾った。その横には妻 の家へと小さなこて毎朝その前に立っては 手を合わせこう語りかける。お前見て たろみちゃんA子に育ってるな。朝子さん と娘が帰って行った後の家は正直に言えば 少し寂しいけれどそのしけさはどこか 心地よかった。笑い声が響いた後の要因と いうのは悪くないものだ。まるで温泉に 入った後の体がポカポカと温かいまま良か ずに吹かれるような気分だった。私はその 日だけ早起きして庭の停した上きバサミを 持って久しぶりに梅の木を選定する。お前 ら好きだったな。この梅の花。毎年たメモ 用紙に妻の文字で描かれていた。お味噌は 赤を少し混ぜるとこっくりして美味しく なる。ちゃんにはかぼチの煮物を薄味に すると食べやすい。もし私が先にいなく なったらあのカラーにはチュー立法を植え て私は読みながら笑った。まるで生きて いるようだった。いや生きているのだ。 この文字を通じて妻は今も私に話しかけて くれている。そのメモの中に一キ色の違う 紙があった。クリームショックで角が少し 丸まっていてお願いねとだけ書かれていた 。その裏をそっと見るとこう書かれていた 。私ら得いなくなった後もたまには誰かと 笑ってねあなたの笑い声が好きだった。 不いに涙が溢れてきた。誰にも見られてい ないのに私はそっとそれで目を吹いた。 ああ、もう反則だよ。そんなのでもね、 分かったよ。朝子のことも七道のことも そしてご近所の人たちも私はもう一度人と の時間を大事にしてみようと思おう。その 晩私は湯舟にゆっくり使って妻が好きだっ たジャズピアノを小さく鳴らした。天井を 見つめながら私はまた呟いた。お前 ちゃんと見取ってくれよな。俺もう少し 頑張ってみるわ。お風呂上がりのタオルが 少し柔軟剤の匂いを残していて、それが また妻の洗濯の癖を思い出させた。私は ふと笑ってしまった。あの日々はもう戻ら ないけれど私の中ではちゃんと続いている 。あの時妻とかわした何気ない言葉、それ が今の私を支えてくれている。笑っていき なさいよ。その一言を私はこれからも忘れ ずに言ようと思う。 季節が少しずつ変わっていくのが肌で感じ られるようになった。朝の空気は冷たく 吐息が白くなる。庭のかのきもいよいよみ が色づき鳥たちが集まり始めていた。 そんなある日に一通の封筒が届いた。 差し出田し人の名前を見て私は思わず声 を漏らした。朝子中には七みちゃんが描い たと短い手紙が入っていた。じ、また遊び に行ってもいい?くすっと笑ってしまう ようなほっこりとした言葉だった。そして 朝子からの手紙にはこんなことが書かれて いた。お父さん先日は本当にありがとう。 七が帰ってからずっとまたじ事の家に行き たいって言ってます。私も実は父と ああんな風に話せたのは何年ぶりか分かり ません。思い出すとなんだか涙が出そうに なります。私はしばらく手紙を持ったまま 動けなかった。そこにある言葉はどれも 静かで優しくて、でもその奥にたくさんの 思いが詰まっていた。私とあそこの間に あった長い沈黙。それは時間だけで埋まる ものではなかった。お互いに背中を向け、 傷つけ合わないようにそっと距離を置いて いたけれどそれは変えて心を冷たくしてい た。今になってようやくあの頃の私の言葉 がどれほど彼女を遠ざけてしまったのか 痛いほどわかる。あの時妻がアイダに入っ ていつも場を和ませてくれていた。それに 甘えていた私は娘と向き合うことを避けて いたのかもしれない。ごめんな子。私は 手紙に向かってそうついた。今なら言える のに。今ならもう少し違った言い方が できるのに。遅いかな?その日の午後私は 町の文房具屋まで足を運んだ七ちゃんに 送る色鉛筆と瓶線を選びたくて。この色 好きそうやな。子供の好みなんてまだよく わからないけれどそう考えるのが楽しかっ た。貧線には丁寧な文字でこう書いたへ いつでも遊びにおいでじはかも今も用意し て待ってるよ。今度はもっと一緒に折り紙 しような。そして朝子には少し長めの手紙 を書いた。謝罪の言葉を並べすぎないよう に。でもちゃんと心を伝えるように。お前 が帰った後家の中が少し寂しく感じたよ。 でもあの時間があったからこそ私は今前を 向こうとしている。また話せると嬉しい。 無理せずゆっくりな手紙を投感した帰り道 。ふと見上げた空はどこまでも高く住んで いた。あの空の向こうに妻が笑っている気 がして私は帽子を少し持ち上げてみた。 うん。ちゃんとやっとるよ。心の中でそう 報告した。その晩久しぶりに湯を作った ポン酢の匂いが鼻に抜けていく。家には ちょうどいい1人での晩酌湯越に見える テーブルの向こうにカつの段乱を思い出し たけれど今はそれを悲しむのではなく 慈しむことができるようになってきた。心 の隙間に吹く風は時に冷たいでもそうやっ て風が通るからこそ空気は進んでいくのか もしれない。 夜はなぜだか妙に静かだった。風もない。 虫の声もない。ただ時計の病心の音だけが 夜けに耳に残る。こたつに足を入れ湯みに 熱い放じ茶を注いだ。そして妻の写真に目 をやった。少し傾いたその額を直しながら 1つぶやいた。なあ。お前あったら今の わしを見てどう思う?もちろん返事なんて ないけれどその一瞬まるで返事は聞こえた ような気がしたんや。やっと素直になった やないの。そんな声だった。驚いたわけで はなかった。むしろ胸の奥がスーっと軽く なるような不思議な気持ちだった。ほんま に遅かったな。私はそう言って湯みを そっと置いた。妻と過ごした40年以上の 月日は決して穏やか一ぺ通れはなかった。 些なことで口喧嘩もしたしすれ違いもあっ た。でも最後の最後まで私をまっすぐ見て くれた。あの病室で握った手のぬくもりは 今でも手に残っている気がする。私がい なくなっても大丈夫。あなたはきっと1人 でもちゃんと生きていけるから。最後に そう言われたけど正直なところ全然大丈夫 じゃなかった。でも今なら少しは言える。 少しずつやっと自分の足で歩いとるよと。 キッチンの棚を開けると妻が使っていた 小さなキュースが出てきた。持ち手の部分 が少しかけているけれど、なぜか捨てられ ずにずっと置いてあった。今夜はそれで もう1杯お茶を入れてみた。一緒に飲の 飲もや思わずそうついた自分に照れ笑いが こぼれた。こたつに戻るとふと娘の小さい 頃の写真画面に入ったランドセルをしって 満面の笑を浮かべている。あの頃の朝子は 私に似て口数が少なくでも真の強い子だっ た。私は父親としてちゃんと向き合えてい たのだろうか。妻がいたから家庭の中が いつも穏やかに保た。私はただそれにより かかっていたのかもしれない。あの子は お父さんのことずっと見通ったよ。くと またあの声が聞こえた気がした。もしそれ が幻でもいい。そう信じられることが今の 私にはとてもありがたかった。その夜は なんだかとてもよく眠れた。久しぶりに夢 も見た。そこには妻がいて私のことを静か に見守っていた。朝目が覚めた時心は ふわっとしていた。きっと少しずつ私は 1人の時間になれてきたのかもしれない。 いや、正確には1人キリではないのだろう 。思い出と共に声にならない声と共に私は これからも生きていく。次の日私は近所の 喫茶店に向かった。妻とよく言った小さな 店。いらっしゃい。天使のバチが私の顔を 見るなり笑ってくれた。久しぶりですね。 今日はホットですか?うん。あの、もし あったらカスタードプリンもはいよ。奥 さん好きでしたもんね。湯気のたった カップと柔らかなプリン。どちらも昔と 変わらぬ味がしたなあ。お前やっぱり プリンはここやな。誰にでもなくそう呟い た時、カウンターに天使が微笑んでいた。 帰り道空を見上げると雲1つない空私は コートのポケットに手を突っ込みながら心 の中でもう1度だけ妻に呼びかけた。今日 もありがとう。聞こえとったか?風が少し だけ頬を撫でた。 私は古い霧の引き出しを開けた。中には妻 が残した手紙や家族とのやり取りを記した 小さなノートが入っている。ベージを めくるたびにかかにおこのような懐かしい 香りが立ちのった。その中に折りたまれた 瓶線があった。瓶線の橋は少しわせていて 何度も読み返した形跡があった。それは妻 がなくなる数日前に変えてくれていた手紙 だった。あなたへ私はあなたと出会えて 本当に幸せでした。何度も胸がぎゅっと なるけれど今日は初めて違う気持ちになっ た。ありがとう。だけでは足りない。私も 何か返さなければと思ったのだ。私は机に 向かい弁線を取り出した。筆を取ると緊張 で少し手が震えた。くえへ。今やっと心 からの手紙がかけそうです。そんな風に 書き始めると言葉は自然と溢れてきた。 日々の感謝、伝えられなかった思い、 そして今の心の変化全てが時間を超えて 繋がっていくようだった。今頃天国で 人息きついてるんやろなと1人ごちった。 妻がいたら相変わらずお茶ばっかり飲んで と言いながらきっと笑っていたはずだ。 手紙には孫のことも書いた。朝子が送って きた写真には娘の笑顔がそのまま小さな顔 に映っていた。この子は君の笑顔を ちゃんと受け継いどるよ。そう変えている うちに目がかんできた。最後の1行には 少し時間がかかった。筆を置いて何度も 考えて、そして静かに書いた。これからも 見守ってくれたら嬉しいです。ありがとう 。封筒に入れたその手紙はどこにも出さ ない仏壇の引き出しにそっとしまった。で も不思議と感したような気分になった。 その後私は縁側に座って缶ンビールを1本 だけ開けた。今日はちょっとだけ飲んでも ええやろ。風が脇きを揺らし、どこからか 秋の虫の根が聞こえてきた。思えばこうし て1人で過ごす時間の中に静かな幸せが あることにようやく気づけたのかもしれ ない。1人になって寂しさを数える日々も あったけれど今はそのしけさが少しずつ心 を満たしてくれる。それはきっと妻との 記憶がこの家のあちこちに行きづいている からだ。私はザブトンに体を預けて目を 閉じた。風の音、歯がこえる音、どこか 遠くの列車の音全てが心地よく響いた。 いつかまた会えたらその時はそこまで考え た時眠気がふわりと襲ってきた。夢の中で 妻がこっちを見て微笑んでいた。手には私 の変えた手紙を持っていた。ちゃんと届い たよ。そんな声が確かに聞こえた気がした 。 さ、目が覚めた時、部屋に差し込む光が 夜けに柔らかかった。カーテンの隙間から 覗く光はまるで誰かがそっと開けてくれた ように感じられる。おはよう。思わず誰か に声をかけたくなるようなそんな朝だった 。味噌汁の匂いがしない朝はやっぱり少し 物足りないけれど最近はインスタントでも 出汁の香りにほっとするようになった。 台所で豆腐を切りながらこれでえいのかと 呪文自とする。でもそれでいいのだろう。 これで十分と思える日々が1番ありがたい 。庭の8上に水をやっていると隣の奥さん が声をかけてきた。あら、朝から元気ね。 私は笑いながらまあ年取ると朝が早くてね と返す。何でもないやり取りが妙に嬉しい 。最近はスーパーに行くのも1つの楽しみ になっている。レジに並んでいると前にい た小さな男の子がこちらをじっと見ていた 。おじいちゃん、これ何?持っていたごぼ を指び刺す声に私は思わず笑った。これは ね、金ンピラにするとビ味しいいいんだよ 。母親が申し訳なさそうに頭を下げていた が、私はただただ心は和んだ。帰り道、 小さな公園に立ち寄った。ベンチに座って 缶コーヒーを一口。昔は急ぎ足で通りすぎ ていた場所だ。今は風が通り抜ける音さえ 音楽のように感じられる。日常とはただの 繰り返しではない。目の前にある瞬間全て が小さな贈り物なのだとようやく気づいた 。帰宅すると郵便受けに一通の手紙が届い ていた。差田市人は孫の朝子だった。中に は彼女は学校で描いというと短い メッセージ。じ事また一緒にお花見に 行こうね。桜の木の下で手をつなぐ私と 朝子。笑顔で並ぶそのよう見て思わずはい はいもちろんと呟いた夜布団に入る時今日 1日を思い返す大きな出来事は何もないで もちゃんと生きて感じて誰かと関わった そんな1日こそが何より尊く、何より 美しい。いつからか私は特別を探すことを やめていたのかもしれないけれど、今は 普通こそが奇跡だと思えるようになった。 お休み今日の私、そう声に出してみた。 それはどこかで聞いていたあの人にも きっととどいている気がする。 よく朝洗面所の絡みに移る自分の顔を マじまじと見つめた方に刻まれたシの深さ はまるで地図のように過去を語っている。 でもそのドラモが悪くなかったと思える ようになった。午前中は係り付けのいいね 定期献心待合室で名前を呼ばれるのを待っ ていると迎えに座る同世代の男性と目が あった。最近足腰しはどうですかと国に 聞かれた。ぼチぼチですと答えると ぼちぼチが1番だと笑い合った。血圧は 少し高めだったけれどは気にしすぎないで と言ってくれた。その言葉らけでなぜだか 少し元気が出た。帰り道団地の前で小学生 たちがランドセルをしって走っていた。 こんにちは。元気な声に思わずて振ると 1人の子があのおじいちゃん毎日挨拶して くれるんだよと友達に話しているのが 聞こえた。私の小さな行動が誰かの中で 当たり前になっていることに不思議な感動 を覚えた。午後は川で本を読んで過ごした ページをめくる指先に昔のような力強さは ないけれどその分ゆっくりと文字の意味を 味わえる。時折り聞こえる風利の音と遠く から聞こえる電子の音が物語の世界に 寄り添ってくれる。夕方電話がなった。孫 の朝子だった。じいじ夏休みに泊まりに 行ってもいい?その声の明るさに胸が じ割りと温まった。もちろんだと思う。 布団ふカフカにして待ってるよ。電話を 切った後、押入れの中のシーツを洗濯機に 放り込んだ。こうして準備する時間が 何より嬉しい。夜夕飯の支度をしながら ふと昔のことを思い出した妻と一緒に台所 に立っていた日々。あの時は何を話してい たのだろう。きっとえのないことばかり だったに違いない。だけどそれがいい。 特別ではない会話こそが心を満たして くれる。夕飯は炊きたてのご飯と味噌汁、 それに昨日の残りの煮物。1人分の食卓で も故が立ちの景色はまるで祝福のようだっ た。食後カップに少しだけ残った緑茶を すりながら私は今日という日を心の中で 繰り返した。人と笑い合って少し身体を 動かして大切な人の声を聞いてそれだけで 十分だった。また明日も同じように暮らせ ますように。そう願いながら電気を消した 夜のしけの中、どこからか聞こえる虫の声 がまるで小歌のように響いていた。 朝やけの光が生事に差し込むと自然と目が 覚めた。いつもより少し早起きだった。 カーテンを開けると空がほんのり桃色に 染まっていてそれを見ただけで今日はいい 日になる気がした。顔を笑って鏡を見る相 変わらずの顔でもなんだか前よりも少し だけ優しい表情になっているような気がし た。おはようと声に出してみる。自分に 向かって誰も聞いていないのにちょっと だけ照れ臭いけど悪くない。朝食は トーストとゆ卵そしてバナナ。昔はご飯と 味噌汁じゃなきゃダメだったけど今はこれ くらいがちょうどいい。ラジオからは昭和 の夏メロが流れてきてトーストをかじる リズムとぴったり会っていた。新聞を取り に外に出ると隣の家の庭で奥さんが植を やっていた。おはようございます。 おはようございます。今日はいい天気です ね。ほんの一言のやり取りだけれど心に ポッと日がる。人との繋がりは会話の多さ じゃない。気持ちが交差する。その一種に あるんだ。洗濯物を干してゆっくりと畳み に横になる。風通り抜けて香先行の匂いが ふんわりと漂うなんだか子供の頃の夏休み を思い出す。あの頃は未来なんて考えて なかった。毎日を遊び尽くして笑って眠っ てそれだけで良かった。今もそれでいいの かもしれない。例えを重ねても今日を生き てるという事実にもっと胸を張っていい 昼下がり公民館からカラオケ大会のお 知らせのチラシがポストに入っていた。 いつもなら見もせず捨てていたけどなぜか 今日は太手が止まった。参加してみようか な。そう思えた自分にちょっと驚いた。年 を取ると初めてのことに知り込みするよう になる。でもやってみることに遅すぎる なんてない。1度くらいマイクを握って声 を張り上げるのも悪くない。下手でもそれ が自分の音ならそれで十分だ。夕方散歩に 出た。公園では子供たちが遊び、ベンチに は年配の夫婦が肩を寄せ合っていた。私は ゆっくりと歩きながらすれ違う人々に自然 と笑顔を向けていた。あれなんだか最近 笑ってる時間が増えたなと気づく。帰宅し て畳の上に腰を下ろし、カレンダーを 眺める。来週には孫の朝子が泊まりに来る 。そうだ。朝が好きなプリン。手作りして みようか。スマホでレシピを検索して材料 をメモする。夜が近づくと空気が少し ひんやりしてきた。窓を締めて温かいお茶 を入れる。一口飲むと体がじん割りと 温まる。そのぬるもりが何とも言えず幸せ だった。元気を消して布団に入る。今日も 悪くない1日だったな。そう思いながら目 を閉じる。窓の外からは風に揺れるこの歯 の王と心地よいしけさの中で私は静かに 呼吸を整える。長気することに意味がある かどうかなんてもうどうでもいい。大切な のは今日も誰かと笑い合えたこと。小さな 幸せに気づけたこと。そしてまた明日も 生きていたいと思えたことお休みなさい。 また明日も朝が来ますように。
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