【短編】ハニーマスタードチキン(Grilled chicken with honey mustard sauce)
説明
この料理をテーマにした超短編小説です。恐ろしく暇な方はお読みください。
私が25の時、祖母が亡くなった。祖母らしいと言えば祖母らしい、穏やかな死だった。それからしばらくすると、祖父は軽井沢の小さなコテージを買って一人で住み始めた。またなんで軽井沢?と思ったけれど、「佳代ちゃん(祖母)がよく住みたいって言ってたし、千葉の家は一人じゃ広すぎるんだ」と言っていた。別に止める理由もなかったし、私は祖父の決断を応援したけれど、なかなか会いに行くのも難しくなるなぁ、とちょっぴり思った。それから一年程経った頃、私は漸く転職先での仕事が軌道に乗り始めたため、休みを取って新緑の避暑地へと向かった。
軽井沢なんて一度も行った事が無かったけれど、夏は思った以上に観光客で賑わっており、騒がしい一方で、一本裏手に入ればカラマツやミズナラの巨木があちこちに生え、野鳥のさえずりくらいしか聞こえないほど静かになった。そのギャップに私は一瞬で魅了され、すぐにその街が好きになった。
駅からタクシーにニ十分ばかり乗り、軽井沢銀座を通り抜けて長い坂道を上がると、祖父の家に到着した。すると、家の前には照れくさそうな
笑みを見せる祖父がぽつんと立っていた。
「久しぶり」
私がそう言うと、祖父も「久しぶり」と言った。
コテージは近所の城のような別荘と比べると、小人でも住んでるんじゃないかと思う程小さかったので、初めは笑ってしまったが、入ってみれば、一人で住むには十分すぎる程のスペースがあった。調理道具やキッチンの配置は千葉の家と同じだし、リビングの間取りも似ていたので、初めて来た家にはとても思えなかった。
「ここ、千葉の家と間取り似てるね」
「そりゃそうだ。間取りが似ていたからここを選んだんだよ」
祖父はそう言った。
荷物を下ろし、一息つくと、私たちは近所の庭が綺麗なカフェで軽食を取り、珈琲を飲みながら互いの近況を話した。私は相変わらず、働きづめの毎日を送っていたが、祖父には軽井沢で数人の友人ができたようで、週末は湖で釣りをしたり、キャンプしたりと案外楽しくやっていた。
「そう言えば光、あのぽんこつ彼氏とはどうなったんだ?」
祖父はにやにやしながらそう言った。
「ひどい言われようだ」
私には一応三宅君という恋人がいた。小説家を目指しているものの、なかなか芽が出ず、他に仕事もしないし、家事もしない、誰が見ても紛う事なきぽんこつ人間だったが、私が今まで会った中では一番素直で優しい人だった。私はそんな彼が大好きだった。
「確かに三宅君はぽんこつだけど、私はあの人以外の男性とはやっていけないよ」
「だろうなぁ、お前は気が強いから」
私の我の強さは、恐らく母親似なのだろう。それでも、私は母にも父にも会った事がなかったし、その話題は、祖父母との会話の中でタブーに近い存在になっていた。以前一度だけ泣きつきながら聞いたことがあったけれど、その時何となく、両親はこの世にいない事を悟った。そういうわけで、私は大学卒業までの二十二年間、千葉の祖父母の家で育て
られた。たくさん喧嘩もしたけれど、本当にいい三人家族だったと思う。 私は、祖母がいつかは亡くなるなんて考えもしなかった。仕事でストレスが溜まったら、週末は千葉の家に帰って、ハイカラな祖母の凝った手料理を食べ、庭で草木の手入れをするような現実逃避が、いつかはできなくなるなんて微塵も疑わなかった。亡くなってからもう三年近く経
つけれど、つい昨日の事のように色々覚えているし、時々、無性に祖母の笑顔が恋しくなる。私でさえこんな状態なのだから、祖父はいつでもそんな事を考えているのだろう。あの人は何を思いながら、このコテージで一人暮らしをしているのか、想像するだけで目が赤くなった。
散歩した後、コテージに帰ると、祖父は商店街で買って来た食材を取り出し、夜食の仕込みをし始めた。
『あの、あのおじいちゃんが料理!?』と初めは眼玉が飛び出そうになったが、一人暮らしならそうなるか、と納得してしまった。
「おじいちゃん手伝うよ」
「うん、ありがとう」
私は包丁を手に取り、鶏肉の筋を切り、野菜の皮をするすると剥いた。
「やっぱりやり慣れてる人の手さばきは違うなぁ」
「そりゃまぁね、おばあちゃんに叩き込まれたから」
「佳代ちゃん料理に関してだけは光に厳しかったからなぁ。でも、今思えば、料理できないくらいの方が可愛げがあったかもなぁ」
「余計なお世話です」
私達は祖母がよく作っていた、ハニーマスタードソースのグリルチキンを作った。それから近所のベーカリーで買ってきたガーリックトーストを切り分け、白ワインを開けた。
「うん、美味いなぁ。佳代ちゃんの味だ。僕じゃどうやってもこの味にならないんだ。やっぱりこれがいい」
「なら良かった。今度レシピ送るよ」
「それはどうもありがとう」
それから下らない雑談をしている内に、あっという間に夜は更け、朝になり、私が東京
に戻る時間になった。帰りは祖父が愛車のフォルクスワーゲンビートルを走らせ、ホームまで見送りに来た。私達はベンチに座り、そわそわしながら列車が来るのを待っていた。
「ねぇおじいちゃん」
「ん、何?」
「何なら阿佐ヶ谷の私のマンションに住んでもいいんだよ。空いてる部屋あるし」
「僕が済んだらぽんこつ三宅君を追い出さなきゃならんだろ」
「共存できんのかお主らは。もう少し人に優しく生きましょうよ」
「冗談だよ。結婚するなら早めにね、ひ孫の顔がみたいから」
「はいはい」
そう話している間にも新幹線がホームに入り、私はスーツケースを持ち上げて乗り込んだ。
「またちょくちょく来るから」
「次までにはもう少し腕を磨いておくから」
ドアが閉まり、私は手を振りながら「お願いだから長生きしてね」と小さく言った。
21件のコメント
KFCの再現動画からこのチャンネルを観始めましたが、良い動画ばかりですね。素敵です。
軽井沢では、薪のオーブンなのかなぁ…。
ハニーマスタードチキンへの思い入れはどんなだったんだろう。
やかましいインド人から見始めました!是非作ってみたいので分量あるととても有難いです!
夜に観るんじゃなかった🤤🤤
じっくりゆっくり、されど手際良く作られていく料理と「THANK YOU :)」の後に必ず出来上がった料理を美味しそうに堪能するシーンが本当に好きです。
終わった後に小説も読みましたが、動画と同じく暖かくて穏やかな気持ちになりました。
皮目からだるぉ?!
って思ったらオーブンでしたすみません
短編小説読み終わる頃には料理動画も終わってる説
小説を読み終わる→高評価を押す→途中から動画を見る→見終わる→もう一度高評価を押したくなる
爽やかなお話(^q^)
小説を書くのが趣味なんて素敵な趣味をお持ちですね!
👍👍👍👏👏👏❤
鶏肉も勿論ながら付け合わせの野菜が美味しそう
この小説めっちゃすこ
何度読み込んでも
玉ねぎ切ってる所までしか再生されないので
作ってるところを想像で補います。
ものすごく食べてみたいので材料など詳細知りたいです!
小説がとても良くて2周したら動画終わっちゃった
ハイカラって表現が好き。
おばあちゃんは穏やかだけど気立てが良くて、キッチンもおばあちゃんこだわりのアンティークの食器や、長年大切に使ってる調理器具達が取り揃えられていて、おじいちゃんもそれをおばあちゃんの形見だと思って、毎日丁寧に洗ってるんだろうだなぁとか、妄想が広がりました。おじいちゃんになっても、自分の妻のことを「佳代ちゃん」って言ってるあたり、いつまでも一人の可愛い女の子としておばあちゃんのことを見てるのかなって思うと、凄く幸せな気持ちになりました。個人的には、光がおじいちゃんの家に行くまでの軽井沢の街並みの描写も凄く好きです。素敵な小説をありがとうございました。
この曲はなんていう曲ですか?
短編小説つきの動画漁ってるけど全部いい
小説も動画もとても良かったです
料理も短編もトップクラスで好きです